こんにちは。くりぷと(@_CryptoBlogger)です。仮想通貨SF小説 Decentralized Kingdom の第2章(続編)「クォンタム・ブースト」をお届けします。
目次
◇二重送金
◇ソーシャルエンジニアリング
◇リバースエンジニアリング
◇終点
第2章 クォンタム・ブースト
◇崩れる共同幻想
《2038年7月16日 午前10時39分》
僕はベランダから、目前に広がる街を眺める。
いつも規則的に道を流れていた自動運転車の影は、今やほとんどない。民間の市街警備や、警察機構の保有する治安維持用、あるいは暴徒鎮圧用のドローンが、道や空をいくつも行き交う。
人の姿も見えない。だが時折、あちらこちらから怒号が聞こえてきていた。その度にドローンの羽音が唸り、制止音声、そして警告音声が聞こえ、やがてそこに悲鳴が混じる。
煙を上らせる熱音響発電機。
ひび割れた太陽電池パネル。
部屋からは、アシスタントAIが勝手に点けたニュース番組の音が響いてくる。
ビットコイン相場は先週より67パーセントの下落。この騰落率はコインバブル崩壊以来の数値。
ペグ通貨発行企業であるネオ・プラチナムがNPTトークンと白金の交換を一時停止すると発表。現物資産に価値を紐付けたペグ通貨は、このところ運営企業による交換停止発表が相次いでおり、ますますの混乱が予想される。
先週から窃盗事件が急増。強盗事件数もここ十数年来の数値となっており、政府および各王国運営が市民に注意を呼びかけている。
現物貨幣を求め、銀行には長蛇の列。
貴金属類の違法売買が横行。
犯行グループからの新たな声明は未だなし。
マイニングシェア奪還、見通しつかず。
トークンエコノミーは終焉を迎えるのか。本日は専門家のアリマ・タダユキ氏に……。
混乱の街を眺め、僕は立ち尽くしながら思う。
いったいなぜこんなことになってしまったのか。
《2038年7月16日 午前11時02分》
「みんな、端末はつけたかな? それじゃあ起動してみようか」
講師を務めるヒナギが声を張ると、子供達が一斉に耳に掛けた神経端末へと手を触れた。それに合わせ、部屋の後ろに立つ僕も、自分の端末の小タッチパネルに指を這わす。
ほどなく、視界の上部に半透明のアイコンドックと時刻表示が現れた。
「まずは較正をしてみよう。上の方に歯車のアイコンは見えるかな? それを……」
ヒナギが説明を始める。
彼女の声は、大きくなくても不思議とよくとおった。較正を終えている僕は、ただぼんやりと説明を聞きながら、生徒である子供達の様子を眺める。
今日はヒナギの企画した、神経端末ワークショップの手伝いに来ていた。
世に出てからまだ2年も経っていない神経端末は、若い世代を中心に急速に広まっている。脳神経と直接やり取りし、神経言語での入出力ができる携帯型端末。耳に掛けるだけで済む手軽さもあってか、新しいアイテムながら世間に受け入れられるのは早かった。
いずれはスマホを完全に代替すると目されているだけあり、今日のワークショップもかなりの申し込みがあった。神経端末は使用にどうしても慣れが要るが、若い世代ほど使いこなすのは早い。どちらかというと、体験型講座が必要なのは親世代だ。
「みんなできたかなー? じゃあ次はアプリを使ってみよう。ドックにある『ニューロガーデン』を開いてみて」
ドックに並んだ木のアイコンを意識すると、『ニューロガーデン』のロゴと共にアプリが起動した。手も声も使わずに操作できるのはやはり便利だ。
「これは木を植えるゲームなんだけどね。知ってる人もいるかな? チュートリアルは終わってるから早速やってみよう。メニューにある茶色の袋から、好きな花を選んでみて」
なんとなく見回っていると、やがて机の上に色とりどりの花が咲き始めた。朝顔、蒲公英、三色菫、鬱金香……。
「あの」
小さく声をかけられる。見ると、女の子が困った表情でこちらを見上げていた。
中腰になり、わからないところを教えてやる。するとほどなくして、机の上には青紫の小さな花が現れた。薫衣草のほのかな香り。
神経データを直接出力できる神経端末は、理論上五感をすべて再現できる。視覚聴覚以外はまだまだ甘いのが現状だが、『ニューロガーデン』は、匂いについてはかなり高度に表現できていた。
「ありがとうございます」
女の子がお礼を言う。
顔を上げると、ヒナギは笑いながらこちらを眺めていた。僕は目を逸らして定位置に戻る。
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