Decentralized Kingdom 第1章 11 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

 野宿するとか言っていたクレをホテルに連れ込んだのは、午後六時を回った頃だった。
「ふ、藤井さん……」
 
 気後れしているようなクレを尻目に、僕はとりあえずスマホを無線充電エリアへ転がす。古びたビジネスホテルだが、設備はそんなに悪くない。
「大丈夫だって」
 僕はクレに言う。
「ばれてないよ。フロント通ってないだろ」
 
「で、でもさ、こんなのあり? あたしの分予約してないのに……どこかで認証ないの?」
「電子的な認証っていう意味なら、ない」
 
 民泊などは特に、一時期犯罪の温床になっていたこともあって今は認証でガチガチだ。部屋の出入りは必ずアシスタントAIで監視され顔紋照合される。でも、旧来の旅館業法が適用されるホテルなどはそうでもなかった。古いとこならなおさら。
 
「認証がないってわけじゃない。フロントがあっただろ? 常に誰かいれば客の出入りがわかるからそれでいいんだよ。法的には」
「え、だけどここフロントが二階だから、あたしそのまま上がってきちゃったよ」
「その辺は、まあ」
 
「て、てきとーな制度……監視カメラとかないの?」
「ここはあんまりない」
「……藤井さん、なんでそんなこと知ってんの?」
「知り合いから聞いただけだ」
 記事にはするなと釘刺されてたし、役に立つ機会はなかったが。
 
「んん、ていうかそれもあるけど……ひ、一部屋でしかもベッド一つってさぁ……」
「僕一人で二部屋とかツインとか取ったら怪しまれるだろうが。僕ら今お尋ね者なんだぞ。文句あるなら野宿してくれ」
 
 言いながら、少し酷かもしれないと僕は思う。
 大昔は誰でもネットカフェや終日営業の飲食チェーンなどで夜を明かせたらしいが、今未成年がそんなことしようとたら身分照会され、各種データベースと照合されるだろう。場合によっては保護者や警察機構に通知が行ってしまう。いいことなのだろうが、その時代を知らない僕には自由さだけが輝いて聞こえた。
 
 今でも多少の抜け道はあるが、クレはそれを知らず本気で野宿する気だったのだろう。
「んー、わかった。じゃあジャンケンして負けた方がソファで寝ること……ってねええええ話聞いてた!? ていうかもう寝る気なの!?」
 
 いそいそとベッドへ潜り込もうとする僕に、クレが抗議の声を上げる。
「夜中になったら起こしてくれ」
「はあ?」
「やることあるから。というか君もぼーっとしてるなよ。マルウェアの準備があるだろ」
 
 クレはぶつぶつ言いながらも、机にスマホを置いて泡状フォームディスプレイを目一杯広げ、作業を始める。
 
 後ろからしばらく見ていたが、やはり彼女は優秀な技術者であるようだった。時折調べながらもコピペで済ませる様子はなく、エディターにはものすごい勢いでプログラムが書かれていく。ディスプレイの中では、楽器を弾くように白い指が踊っていた。
 
 僕は、ふと浮かんだ問いを口にする。
「君は匿名主義者アノニマスなのか?」
「え?」
 指が止め、クレが不思議そうに振り返る。
 
「違うけど……なんで?」
「いや……」
「あ、もしかしてあたしがイケハヤ経済圏をぶっ潰そうとしてると思ってた? 違う違う。あのコントラクトはそういうのじゃないよ。それに匿名主義者アノニマスだって、王国に刃向かうような過激派はごく一部だし」
 
「……そうか、ならよかった。その……腕の良い技術者には、匿名主義者が多いイメージだったから」
 クレは少し驚いたような顔をした後、髪をいじりながら答える。
 
「別に……そんなことないと思うよ。名前を出して、ちゃんと評価してもらいたいって人も多いし……たぶんどんな人の中にも、ちょっとずついるんだよ。誰でもありたくない人って」
 
「……かもな。じゃあおやすみ」
 僕は布団に潜り込むと、横を向いて目を閉じる。
 なぜあんなこと訊いたんだろう。別にクレが、本気で情報テロを起こすなんて考えてたわけじゃなかったのに。
 
 コントラクトの中身が気になった? それともチーム解散の原因となった彼の影響?
 あるいは僕が評価主義にうんざりしていて——彼女に賛同してほしかっただけだろうか。
 くだらない。どうでもよかった。もう寝よう——。
 
「……藤井さん、もう寝ちゃった?」
「——」
「どうして……ソーシャルエンジニアやめちゃったの?」
「——」
「……寝るの早っ。のび太かよ」
 
 それきり、クレはなにも言わなくなる。作業に集中しているようだった。
 僕は深呼吸して、固く目を閉じる。
 部屋に差す日は次第に陰っていく。
 
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