Decentralized Kingdom 第1章 12 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

「んぁ……」
 呻き声とともに、机に突っ伏していたクレが身じろぎした。毛布がずり落ちて、床の書類の上でくしゃくしゃになる。

 時計を見ると、午前九時をまわったところだった。もうこんな時間か。
「おはよう」

 僕はカーペットにあぐらを掻いたまま、リモコンでカーテンを開けた。差し込んだ朝日を、クレは日陰の虫みたいに嫌がって顔を背ける。

「朝だぞ。そろそろ起きろ」
「んんん……あ? あれ……ああそっかぁ……」
「なにに納得したんだよ今」
「……おはよう藤井さん」顔を上げたクレが目をこする。「まだそれやってるの?」

 僕と、床に広がる大量の紙くずを見下ろしてそう言った。
「いや、もう終わった。場合によっては今日動くけど、マルウェアの準備はどうだ?」

「ふわぁぁあできてるよ。簡単なやつだし……ねえ、それで本当になにかわかった? オフィスのゴミなんてそんなに持ってきてさぁ……」

「まあまあわかった」
 ゴミ漁りトラッシングはソーシャルエンジニアリングの基本だ。紙くずには情報が詰まっている。

 昨日の深夜、クレに起こされた僕は、カメラの少ない道を選んで地域会議ビルへと向かい、大量の可燃ゴミを持ち帰ってきていた。使えそうなものを選別し、クレに変質者を見るような目を向けられながらも、さっきまでずっと中身の精査をしていたのだ。

「あたしも聞いたことはあるけど、それ昔の手法でしょ? 今は契約書も電子、判子も電子、稟議も電子だし会議はオンラインなんだから……」

「今日動くかもって言ったのは、呉槭樹がみらい平にいないからだ。ほら」
 そう言って、僕はクレにしわを伸ばしたA4用紙を渡す。
「池袋で講演会……ああそういえば。ていうかなにこれ。共有カレンダー、の印刷?」
「契約書もあるぞ。稟議もある」

 紙の束を渡してやると、クレは理解不能と言った目でそれを眺める。
「電子契約書の印刷? こっちは支出報告書……? えええなにこれ? これ全部データで済むやつじゃん! なんでわざわざ印刷してるの?」
「その方が細かな間違いにも気がつけるんだよ」

 ゴミを片付けながら僕は説明する。
「液晶やプラズマ発光ディスプレイは透過光で物を見せるけど、このときの脳はパターン認識モードで、細部は無視して全体の流れを見るような状態になってる。一方で印刷物はを見るのは反射光だ。このときの脳は分析モードで、前頭前皮質が活性化して細かな違いにも気づけるようになってる。紙に印刷するのは内容を精査するライフハックの一つなんだよ。だから重要な情報ほど印刷される」

「ううん、紙の方が気づきやすいってそうかなぁ……?」
 まあ人による。それに使ってるのは上の世代が中心だ。

「でもこれ、ほとんど公開情報じゃない?」
「さすがに機密は印刷されないし、されても裁断処理して破棄されるからな」
「こんなの役に立つ?」

「立つよ。ここには、隠してないけど公開もしていない情報がある。それを知っている事実が信用を生む。この辺りが使えそうだな」

 僕は選り分けていたゴミを前に並べる。
「この梱包材は環境遺伝子を検出する防虫防鼠ボットのものだ。行事予定から導入時期は四月の下旬。契約書にあった管理業者名は一郷ビルメンテナンス。紙の名刺が捨ててあった。電子情報を取り込んで要らなくなったんだろうな。SNSを見るにこの田中さんって今年入社みたいだから、たぶん顔合わせに来たんだ。ここを装ってアポを取ろう」

「ええ……どうやって? 普通にやったら怪しまれるよ」
「まあ見てろって」

 まずは地域会議側の施設管理担当者を知りたい。僕は二月の行事予定を引き寄せる。中旬にボイラーの取り替え工事が行われていた。業者は砂子田設備工業。

 スマホを取り出し、ネットで調べた番号を弾く。程なくして繋がる。
『はい、砂子田設備工業です』
「恐れ入ります。私イケハヤ経済圏みらい平地域会議、総務係の佐藤と申します。お世話になっております」

『ああどうも、お世話になっております』
「すみません、二月に給湯ボイラーの取り替え工事をしていただいたと思うのですが、そのときの担当者の方をお願いできますか?」

『えーと私ですが』
「あ、そうでしたか。実は現在、災害発生時対応フローの改訂を行っておりまして。それでお伺いしたいのですが……ボイラーの取扱説明書っていただいてましたっけ?」

『えー、お渡ししていたはずですよ。工事終了後担当者の方に動作確認に立ち会っていただいたので、そのときにデータで。無いですか?』
「あー、なるほど。そのときの担当は、もしかして伊藤でしたか?」

『いえ、杉内さんですね』
「杉内ですか。すみませんありがとうございます。もう一度確認してみます」

『よろしければ、今メールで送りましょうか?』
 適当に断って電話を切る。施設管理担当は、十中八九杉内さん。
 次は一郷ビルメンテナンスだ。番号を弾く。

 

>>>第1章-13

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