Decentralized Kingdom 第1章 2 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

 改竄やダウンタイムを許さない分散型台帳技術、ブロックチェーン。
 今から30年前、サトシ・ナカモトとその落とし子、ビットコインによって示されたこの技術は、世界を変えた。
 『民主主義』や『国家』などという概念は、もはや昔日の存在だ。

 

 きっかけはここ日本で、それは2017年のことだった。
 時の財務省理財局長がとある政治問題について追及された際、『記録は破棄した』の一点張りで野党の追及を躱し、その後、あろうことか国税庁長官に就任したのだ。これに、当時の経営者や個人事業主たちが猛反発した。
 
 無理もない。納税者には会計記録の徹底保管を求め、不備があれば容赦なく税をむしり取っていく国税庁の長が、過去に『記録の破棄』で見逃されているのだから。
 
 結局、長官は翌年、確定申告期間も終わらぬうちに辞任することとなった。だがその程度では、事業者たちの怒りと、元から秘めていた思いは変わらなかった。

 

 そう。税金なんて払いたくない、という思いだ。
 そんな彼らが目をつけたのが仮想通貨だった。
 
 彼らは団結し次々と黎明期のコミュニティに入ると、各々の事業に仮想通貨決済を導入していった。当時まだまだ投機用の資産でしかなかった仮想通貨の実用化が、ここに来て一気に広まることとなる。
 目的は無論、脱税だ。
 
 当時は決済用途でも仮想通貨の使用は課税対象だったが、税務署にはトランザクションを追うノウハウすらなかった。仮想通貨での所得は、円に換金しない限り丸ごと隠せた。
 
 当初、それを使用する際には海外のデビットカードなどを利用していたようだが、次第に仮想通貨そのものでの経済圏が構築され始まる。小売り大手ではローソンが導入、セブン&アイ・ホールディングスが追従してからは、もう止まらなかった。
 
 おそらく大手の一部も所得隠しをしていただろうが、税務署が本腰を入れ始めても無駄だった。ウォレットはいくらでも作れるし、秘密鍵はデータでも紙でも保存できる。国税徴収法に基づく強制執行でも、秘密鍵までは差し押さえられなかった。
 みな、税金を納めなくなっていった。
 必然、国の財政状況は悪化していく。
 社会保障費が大きく削られ、地方公共団体への交付金も減った。富める者はますます富むが、貧しい者や病める者は貧困から抜け出す術がなくなり、自殺者も劇的に増加した。国家による再配分は、機能停止に陥りかけた。
 
 それを救ったのが、稀代のインフルエンサーだった池田勇人イケダハヤトだ。
 当時既に四国を中心とした巨大経済圏を築いていたイケダハヤトは、新たにあるトークンを発行し、エアドロップを行うこととなる。
 それが、イケハヤ市民権トークンだ。
 
 民間の福祉団体と協力し、全国の貧困層へと配付したこのトークンは、所持していると一か月ごとにイケハヤ経済圏で決済に使えるイケハヤコインを受け取ることができた。それは世界初の、個人によるベーシック・インカムだった。
 
 資本主義経済がもてはやされていた当時の人々には、単なる慈善事業にしか映らなかっただろう。だが現代の評価経済に照らしてみると、イケダハヤトは資本を自身の評価バリューに変換しただけで、なんの損もしていない。評価バリューを資本に変えるなどインフルエンサーたちにとっては朝飯前で、流通トークンの信用が増したイケハヤ経済圏はますます拡大していった。
 
 多くのインフルエンサーたちがこれに続き、様々な行政インフラを提供する市民権トークンを発行した。医療福祉サービスを受けられるトークン、養育扶助を受けられるトークン、起業家を支援するトークンに、地域振興を援助するトークン。
 
 彼らは気づいたのだ。テクノロジーが発達した現代で、行政インフラはその気になれば、既存国家でなくても提供できること。そしてそれが、莫大な評価バリューを生むことに。
 そうして現れたのは、日本という国に上書きされたインフルエンサーたちの王国だった。
 
 人々は気に入った国の市民権トークンを購入し、王に評価を与え経済活動によって資本を提供する代わりに、様々な行政サービスを受ける。もちろん市民権はいくつ所持していてもいい。王の政治に不満を抱けば、市民権トークンを売却、もしくは焼却バーンし、王国民であることをやめるだけ。王の評価バリュー失墜が、政治腐敗への抑止力となる。
 
 仮想の王国が偏在する社会では、人々は保険や通信サービスを選ぶように自らの属する国を選ぶ。それは主権者ではなく消費者。『民主主義デモクラシー』に代わる、『消費者主義カスタマリズム』時代の幕開けだった。
 きっと、この流れは必然だっただろう。衆愚が政治的主権を持つ『民主主義』も、出生地に永遠に縛られる『国家』も、誰が考えても欠陥のある概念だった。
 
 日本という『国家』は、やはりこの流れに逆らうことはできなかった。円に紐付けられた仮想通貨を発行してトークンエコノミーに参加し、細々と送金手数料を徴収するようになる。当初は独自チェーンではなく、徴収levy機能をもつNEMモザイクを使っていたことからも、その衰退が窺えた。
 
 『消費者主義カスタマリズム』の流れは、そのまま世界をも飲み込んでいった。
 今では旧来の国家を遙かに超える数の王国が、あらゆる地域にまたがって偏在している。
 
 日本では、世界最大級の王国である『イケダハヤト経済共同圏』のほか、『新生ライブドア』、『えんとつ町』、『3.0ちゃんねる』、『SBIウェルフェアランス』などが生まれた。
 海外に目を向けると、米国発の『Amazon・Arcadia』、中国発の『香格里拉シャングリ・ラ公益』、韓国発の『네이버엔젤ネイバー・エンジェル』、ロシア発の『Альянсアライアンス』が勢力を拡大している。匿名の王を戴く匿名主義者アノニマスたちの仮想国家『D・P・R・Cドレッド・パイレート・ロバーツ・キャラバン』も、密かにその賛同者を増やしつつあった。
 
 世界は、ずっとよくなった。
 戦争は消滅した。王国が偏在し、あらゆる場所に経済圏を共にする人が現れたためだ。ある国の首相と、仮想敵国の兵士と、地球の反対側に住む子供が同じ王国民であるなどは珍しくなかった。世界中に同胞がいる。そんな領土を基盤とした国家が衰退した社会で、武力による紛争解決などもはや出る幕はなかった。

 エネルギー問題や食糧問題も過去のものになった。ブロックチェーンとAIにより、あらゆる流通は効率化した。街の至る所に太陽電池パネルや風力タービン、熱音響発電機が設置され、ブロックチェーンによるスマートグリッドで生活用の電力はほぼ賄われる。

 産業用電力の生産は、それが得意な国に頼っていた。エネルギーインフラを人質に取られる可能性のあった過去には考えられなかったことだろう。太陽電池パネルを並べられる広大な砂漠や、豊富な地熱を得られる火山、強い風や波といった地球の恩恵を受けられる地域が、現代の主要なエネルギー産出国だった。 

 

資本主義キャピタリズムは衰退した。変わって主流になったのは、評価主義バリュアリズムだ。貯め込む対象は資本キャピタルから評価バリューへと移った。おかげで資本の流動性は増し、世界中のあらゆる地域、あらゆる人々が、王国の豊かな援助を受けられる。現代の経済では評価こそが価値を持つ。自らの評価を上げるため、誰もが他人や社会の役に立つよう行動し、それを公開するようになっていった。

 
 2038年。
 変わった後の世界は、そんな感じだ。
 
 
 
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