Decentralized Kingdom 第1章 3 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

 ベランダでコーヒーを待つ間に、アシスタントAIが勝手に点けたニュース番組の音声が耳に入ってくる。

 U-22世界プログラミングコンテストでミズナシ・ヨシオ氏が三連覇を達成、サワント財団代表がマジュムダール氏へ交代、パートナーシップ・イン・ジ・エアー社CEOエイヴァ・ベック氏が自社トークン買いを発表、活動家カガ・スイサク氏が今度はキリバスで真水生成プラント設置事業へ……。

 時々、嫌気が差す。メディアで報道されるような高評価者ハイバリュアーになるなんて無理なことはわかっているが、評価主義経済ではそれを求められているようで息が詰まった。

 イケダハヤトの王国では、経済圏で行った各種活動の評価が、グラフ理論によってイケハヤ率の形で可視化される。初めは自身の概念化コンセプテーションのための要素だったようだが、いつの間にか王国内での価値を表す指標になっていた。

 王国の運営に関わるには、最低でも三十五パーセントのイケハヤ率が必要となる。僕を含め、ほとんどの人間には無縁の世界だ。
 昔はよかったと言う年寄りの気持ちが、少しはわかる。

 いや、そうじゃないな。と僕は内心苦笑した。
 僕は単に、自分の評価が上がらないことが不満なだけだ。
 ほんとうは僕だって————、
「……あ」
 

 微かな駆動音が聞こえて顔を上げると、飲料配達サービスの細長いトライコプターが目の前に浮いていた。スマホをかざして決済を済ませると、ホルダーの紙コップに熱いコーヒーが注がれる。僕が受け取ったのを確認して、ドローンは巡回路に戻っていった。

 手の紙コップから、白い湯気が五月の朝のひんやりした空気に立ち上る。
あんな非効率なサービスがなぜ流行っているのかはよくわからない。

 スマホを見ると、結構な金額が残高から引かれていた。今は誰もが純粋な仮想通貨のほか、法定通貨フィアットや株式や債券や金や小麦など、様々な資産アセットにペグされた無数のトークンをバスケット化して保有する。だから普段は為替など気にしないが、今回はせめて、割高なトークンが決済に使われたことを祈った。

 コーヒーを一口すする。評判通り、味はそれなりにいい。
「んぅ……」
 ふと鼻にかかったような声が聞こえ、反射的に目を向ける——僕は紙コップを取り落としそうになった。
 ベランダの隅に、女の子がいた。

 高校生くらいだろうか。顔を俯けて室外機の陰に座り込んでいる。肩に掛かるほどの黒髪が顔を隠していて人相はよくわからないが、少なくとも僕よりは年下に見えた。ライトグレーのブレザーにプリーツスカートという、どこかの制服っぽい格好のせいもあるかもしれない。
 今までまったく気づかなかった自分にまず驚いた。

 誰だコイツいつからいるんだ二階だぞ、ここ。
 疑問を口からこぼれる前に、女の子が身じろぎした。どこか寒そうな仕草で目をこすり、顔を上げて大あくびをする。そして僕と目が合い、そのまま硬直した。

 顔立ちはかわいらしいが、目にはエネルギーが詰まっていそうな少女だった。
少女は少し気まずそうに、僕へと笑いかける。
「お……おはよう? お兄さん」

 ピンポーン、と。
 僕がなにか言う前に、玄関のチャイムが鳴った。固まっているともう一度鳴る。ピンポーン。
 いやどんなタイミングだよ。
「……どこの誰だか知らないけどちょっと待ってろ」

 僕はそう言い放つと急いで玄関に向かう。一人暮らしのアパートをこんな朝に訪ねてくる客は、すぐに思い浮かばなかった。ドローンで運べないような物でも注文してたか……?と、思っているとまたチャイムが鳴った。ピンポーン。
 なんなんだ一体。
「はいはー……い」
 ドアを開けて目に入ったのは、三本足のボールだった。

 

>>>「第1章-4

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