Decentralized Kingdom 第1章 4 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

 サッカーボールくらいの漆黒の球体が、三つのマニピュレータで器用に共用廊下の手すりに掴まっている。中央に据えられたカメラレンズが、僕の顔を見据える。

 《おはようございます。私はこの地区を担当しておりますカイドウ・タウンセキュリティの警備ドローンです。藤井湊フジイミナト様のお宅でお間違いないでしょうか》

 滑らかな合成音声と共に、ドローンが公安委員会の電子署名がなされた市街警備の認可証を表示した。プラズマ発光のチカチカしたホログラムを前に、僕は混乱しながらも頷く。

 《市民より申し出のあった窃盗事件の容疑者が、昨日藤井様宅へ訪れたのをソーシャルカメラより確認しました。捜査協力及び入室の許可を願います》
 「はあ? い、いや、昨日は誰も来てないはずですけど……」

《拒否の回答を受諾しました。市街警備業法第十五条第二項に基づき、取得市民権の提示を求めます》
 僕は言われるがままにスマホをドローンへ向ける。カメラの上部のLEDが点滅する。

 《SBIウェルフェアランス市民権を確認しました。当該市民権保有者は市街警備業務への全面協力が義務づけられており、拒否の回答はトークン確認をもって却下されました》
「うそ!? ちょ、ちょっと待ったっ」
 部屋へ入ろうとしてくるドローンを体で塞ぐ。

 まさかSBIにそんな規約があるとは思わなかった。それはともかく今入られるのは困る。この手のドローンは、言っちゃ悪いが動作が雑なのだ。せめてスマホのドックや出しっぱなしの食器を片付けないとなにをされるかわからない。
 

 だが、僕のこの対応は結果的に最悪のものとなった。ドローンのLEDが赤く光る。

 《拒絶の意思を確認。犯罪幇助の可能性を鑑み、これより強制執行に入ります。当対応によって生じた物損、軽度の身体的損傷は、市街警備業法第十八条の二に基づき免責されます》
 言うやいなや、ドローンが僕に飛びついてきた。

 

 意外な重さに、たまらず後ろに倒れ込む。痛みに呻くと、ドローンの背中から白煙が濛々と噴出。部屋を瞬く間に満たし始めた。同時に、やかましい合成音声が流れ出す。

 《警告。警告。現在カイドウ・タウンセキュリティが強制執行中です。周辺の皆様はその場を離れるか、鍵のかかる安全な屋内に退避し——》

「お兄さんじっとしててッ!」
 女の子の声。
 バチッ、という音と共に、白煙の中を火花が散った。同時に、ドローンのやかましい警告音が止む。
 

 顔を傾けると、制服姿の少女がなにか細長く黒い箱をこちらに向けていた。
「お、お前……」
「お兄さんほら立って! 逃げるよ!」
 

 少女はそう言って箱を投げ捨てると、ドローンを蹴飛ばした。ドローンはなんの抵抗もなく、マニピュレータを引きずりながら床に転がる。

「ちょ、ちょっとお前今なにした。これ警備ドローン……」
「ただのE・Gunだよ。EMPのおもちゃ」
電磁パルスEMPがおもちゃで済むか! 明らかに禁制品だろうが! どうすんだよこれ!」
「大丈夫だから。CPUが灼けてなければ」
「や、灼けてないのか?」
「ううん、たぶんだめ」
 

 気が遠くなる僕に構わず、少女は自分のスマホを確認すると焦ったようにベランダを指さす。
「いいから早く! 逃げないと!」
「逃げるって……というかそっちは窓なんだけど」
 少女は踵を返すと、玄関を開けて外を指さす。
「ほらあれ」

 見ると、さっきと似たような三脚ドローンが三台、歩道や塀や屋根の上を滑るように歩行していた。こちらに向かってきている。

「お兄さんこのままじゃやばいよ」
 僕は慌てて玄関のドアを閉めた。
 なにがなんだかわからないが……とにかくまずいことに巻き込まれた気がする。焦りがこみ上げる。
「お兄さーん、こっち!」

 いつの間にか少女がベランダで手招きしている。
 僕は迷ったが、とりあえず靴とスマホだけ取ると急いでそちらへ向かった。少女へ問いかける。
「逃げるってどうすんだ」
「ここから降りるの」

 と言って、少女はベランダの脇を縦に通る雨どいのパイプに手をかけた。手すりを越えて身を躍らせ、そのままするすると降りていく。
 下まで降りた少女がこちらへ手を振る。
「早く! こっちの方はソーシャルカメラ少ないから!」
 

 僕は靴を履くと、雨どいに手をかけた。築十八年のアパートだけに、パイプはいかにも頼りない。冷や汗が流れる。
 まだ朝だけど、僕は確信していた。
 今日は最悪の一日になる。

 

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>>>「第1章-5

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