Decentralized Kingdom 第1章 5 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

「ま、待った、待った……」
 水田脇の道路で、僕は肩で息をしつつ、先を走る少女を制止する。
 

 少女に導かれるままここまで逃げてきたが、警備ドローンは追って来ていない。どうやら意図的にソーシャルカメラの少ない場所を選んでいるようだった。水田上部にスリット状に設えられた太陽電池パネルの足下で、少女は胸元を扇ぎながら僕を振り返る。

「お兄さん、体力ないね。でもいったん撒けたかな? んー……」
 少女は街の方を眺めながら言った。気になることでもあるのか、自身のスマホを取り出しつつこちらへと戻ってくる。
 

 少女が僕の脇をすり抜ける、ちょうどそのとき——僕は、自然な動作で彼女の手からスマホを取り上げた。
「あっ! ちょっとっ」

取り返そうとする手を躱して僕は数歩下がる。
そして、こちらを睨む彼女へと言い放つ。
「お前、誰だよ」
「……」
「よく考えなくてもお前だろ、あのドローンが探してた窃盗犯って。なんで僕んちのベランダにいたんだ」

 僕の言葉を聞いた少女が吹き出す。
「あ、あはは、今さら? わかっててついてきてくれたんじゃなかったの?」
「なんで窃盗犯にのこのこついていくんだよ。勢いに流されただけに決まってんだろ」
 

 なおも笑っている少女に、僕はスマホを揺らしながら告げる。
「言う気がないならいい。これを持って市街警備に出頭するから」
「それがどうかした?」

 少女はにやにやと言う。
「スマホなんてロックを解除できなきゃ置物と一緒だよ? 誰の物かすらわからないのに。そんなのでドローンを壊して逃げた人の立場がよくなるかな?」
「ドローン壊したのはお前だろうが。それに——ロックくらい解除できる」
 僕は手の端末に目を落とす。

 手に馴染むティアドロップ型のスマホ——スマートフォームは、イスラエルのストアドット社製作の最新モデルだ。僕は筐体側面の、起動用の小タッチパネルに指を這わす。
手の上に半球状の3Dディスプレイが展開する。プラズマ発光によるホログラムに、認証画面が表示された。要求は、予想した通りのモーションロック認証。

 最近のスマホは筐体の全面に据えられた高精細カメラのおかげで、指紋、静脈、網膜、顔紋とあらゆる生体認証が使える。しかしこれらはセキュリティがいまいちで、リテラシーのある者なら昔ながらの暗証番号か、指の動きをキャプチャーするモーションロックを使っていた。

 たしかに写真や導電性シリコンでは誤魔化せないものだが——それでもセキュリティリスクはある。例えば、他人の目とか。

「えーとたしか……人差し指で二回円を描いてから、活字体のS、筆記体小文字でU、B、」
「え、え、ちょっと」
「カタカナでキ、最後に3D立方体キューブをつまんで引くドロウ——だったかな」
「なんで解除モーション知ってんのっ!?」

「お前僕の部屋でスマホ使っただろ。そのとき覚えた」
「いやいやいや! 泡状フォームディスプレイには不透過パターン張られてるでしょ! 覚える以前に外から指の動きなんて見えるわけないのに!」

 それでも指以外の動きでわかる。モーションなんて限られてるから。
 僕はディスプレイの認証フィールドに、端末を持つ指で輝線を描いていく。肩越しショルダーハックなんて久しぶりだったが、あの反応なら正解だろう。

 

>>>「第1章-6

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