Decentralized Kingdom 第1章 9 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

 呉槭樹は多少なりとも王国運営に関わる立場の人間だ。だから契約コントラクトというのも、王国に関わるものである可能性がある。

 現代の王国は、まさに仮想の国家と呼ぶにふさわしい力を持っている。福祉や経済機構によって人々の生活を握りながら、利用規約によって法治し、罰則規定により制裁を加える。その力はすでに既存国家をも越えつつあり、『香格里拉シャングリ・ラ公益』の前身である『阿里巴巴珍珠社区アリババ・チェンチュウシャーチー』と『百度燈火バイドゥ・ドゥンフオ』などは、中国政府の規制に対し人民元の苛烈な売り浴びせで経済危機を引き起こした。最終的に中国共産党が転覆するまでの過程で、双方幾人もの要人が不審死を遂げたと言われている。

 この秘密鍵が守るコントラクトが、もしイケハヤ経済圏のなんらかの機密に関係するものだとしたら?

 秘密鍵に関わった僕の立場は——、
「言っとくけど、もう遅いからね」
 クレが顔を上げて言う。

「藤井さんの情報は市街警備で共有されてるよ。たぶんもうお母さんにも報告が行ってる。今さら関係ありません、は通らないんじゃないかな。ま、大丈夫。余計なことを訊かなければね」

「……お前の目的はなんだ? どうしてそこまでしてそのコントラクトを暴こうとする」
「暴くんじゃないよ、もう一度暗号化するの。今度はあたしの秘密鍵で。ぜったいに壊されないように」

「なんだよそれ、どういう……」
「だから訊かない方がいいって。これはあたしがやらなきゃいけないこと。ドローンを相手にしてでもね。それだけ」
 そこで、クレはいったん言葉を切った。

「んん、でも実を言うと……ドローンは想定外、だったなぁ。まさかこんなに早くばれるなんて思わなくて」
 クレが少し消沈したように言う。まあ、普通は追われるとわかってて盗まない。

「なんでばれたんだ? デバイスが位置情報でも発信して……るわけないか」
「それならここにドローンが駆けつけてくるよ。位置タグのチップが貼り付けられてただけ。もう剥がしたよ。大昔の製品だから油断してた」

「そういえばUSB端子なんて付いてるな」
「二十年くらい前に発売したやつだからね」
 二十年前、と聞いて僕は少し驚く。デザインが古いとは思っていたが、いくらなんでも昔過ぎだ。

 ブロックチェーンがやっと実用化され始めた頃。コインバブルもまだの時代だ。イケハヤ経済圏だって誕生したばかりだろう。
 その頃のコントラクトなら……王国は無関係か?

 いや、当時から既に大量保有者、いわゆる『鯨』やインフルエンサーたちは大きな影響力を持ち、暗躍していたと聞く。二十年前なら呉槭樹もブロックチェーンのエンジニアとして頭角を現していた時期だろう。無関係とも言い切れない。

「というか、そんな古いものよく動いてるな。耐用年数なんてとっくに過ぎてるだろうに。もしデータがとんだりしたら……」
 そのとき、僕はふと気づく。

「いや、リカバリーフレーズさえあれば、ハードウェアウォレットがなくても秘密鍵は復元できるのか……ひょっとして、呉槭樹はもうコントラクトをどうにかしてるんじゃないか? 暗号化されてるとはいえ記録メディアを盗まれたわけだし」
「たぶんそれはないよ」
 クレは言う。

「お母さんの時間/円為替レート知ってる? そんな無駄なことに時間なんて割かない」
「無駄って」
「だってお母さんあたしのことなめてるもん。解析なんてぜったいできないって思ってる。警備ドローンは差し向けるけど、自分ではなにもしないよ。どうせ」
 クレは、少しすねたように言った。

「……たしかに現状、解析できてはいないな」
「だから藤井さんお願い! なんとかリカバリーフレーズを見つけてよ」
「なんとかって言われても」

「あ、参考になるかと思ってね、一応お母さんの書斎スキャニングしてきたんだった。見る?」
 僕の返答を待たずに、クレがディスプレイの中で指を振る。新たなアイコンが弾かれ、拡大したホログラムの中に部屋の内装モデルが現れた。

「これどこだ? 君の自宅か?」
「そうだよ。お母さんの仕事部屋」
 本やら雑貨やら、ごちゃごちゃした部屋だった。高評価者ハイバリュアーはミニマリストが多いイメージだったから少し意外に思う。

「しかし広いな。ここ一人で使ってるのか」
「お母さん狭いところ嫌いだからね。でも藤井さんの部屋も同じくらいでしょ?」
「僕はあそこで生活してるから……ここマンションっぽいけど、どれだけでかいんだ。ほかにリビングとか寝室とか、父親の仕事部屋もあるんだろ?」

「……書斎はここだけだよ。お父さんは今、一緒に住んでないし」
「ああ……そう」
 あからさまに声のトーンが下がったが、僕らの関係で謝るのもおかしい気がして、軽く流すにとどめる。

 あらためて内装モデルに目を落とす。たぶんスマホのインスタントモデル作成アプリで作ったものだろう。ただかなり丁寧に撮影されていて、どこを拡大してもテクスチャーが精細だった。

 

>>>第1章-10

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