Decentralized Kingdom 第2章 2 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

「助かるよミナト」

目の前のヒナギが、スパゲッティを頬張る僕に言う。

「君は子供に好かれるからね」

昼時。ワークショップ午前の部を終えた僕らは、近くのレストランに食事に来ていた。ランチにしては少し高い店だが、ヒナギの奢りなので気にしない。

「いや子供だけじゃないか。君、とにかく第一印象はいいから」

「は、ってなんだよ」

僕とヒナギは大学時代からの付き合いだ。と言っても一年で辞めた僕とは違い、彼女はまだ在籍していたが。

「いつまで大学なんかにいるんだ? お前も早くこっち側に来いよ」

「わたしはちゃんと卒業するよ?」

ヒナギが大盛りのピラフを掬いながら言う。すらっとしている割に、こいつはけっこう食べる。

「卒業して、少なくとも数年は会社勤めをするんだ」

「ええ……ヒナギが? どこかの分散型組織DAOにコミットするとかでもなくて?」

「だれかに地位を保証してほしいんだよ。わたしだって『世捨て人』になるのは怖いからね」

ヒナギはそう言って目を伏せる。

『世捨て人』は、フリーランスの間で使われている隠語だ。

今の時代、どこかの市民権トークンさえ保有していれば生活に必要な資金は支給される。だが、なんの役割もない日々は辛いものだ。自ら事業を興すも思ったように評価を得られるず、次第に社会との関わりを断つ人々を、皆いろいろな感情を込めてそう呼んでいた。

「ヒナギなら大丈夫だと思うけどな」

「そんなことないよ。むしろミナトはよくやっていると思う」

「別に目の前のことをただこなしてるだけだよ」

「本当にやりたいことでもないのに続いているのがすごい、ってこと」

「……」

「わたしは同じことをできる自信はないな」

そう言われると、なんて返していいかわからなかった。自分のことを話すのはどうも苦手だ。

「……ま、正直言うと仲間を作りたくて言っただけだから気にすんな」

「ふふ。知ってる」

「でもやりたいことくらい、ヒナギにはいくらでもあるだろ。今日のワークショップもいきなりどうしたんだよ。あれだけの神経端末ナーヴデバイス用意して、ずいぶん金かけたみたいだけど」

「ん? 予備入れても二十台だからそうでもないよ?」

平然と言うが、当然そうでもないわけない。こいつの感覚がおかしいだけだ。

ヒナギの家は金持ちだ。父親がかつて仮想通貨NEMのスーパーノードの一人で、20年前のコインバブルで巨万の富を得たらしい。最初に聞いた時は僕も驚いた。300万以上のXEMを保有し、厳しいシステム要件でネットワークの維持に貢献し続けたスーパーノードは、今や黎明期のNEMを支えた伝説的な存在だからだ。

ただ、バブル後はXEMを買い戻すこともなく、コミュニティからも離れたらしい。聞くところによると、今でもネットで評価を集める気はないのだという。

僕らの親世代には、ネットで個人情報を晒すことに忌避感を抱く人間も多い。今では想像もつかないが、インターネットはかつてアンダーグラウンドな世界だった。犯罪に炎上。きっと、その時代の印象が強く残っているのだろう。

ヒナギがネットを通じた社会活動にこだわるのも、そんな父親の反動なのかもしれない。


>>>第2章-3

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