Decentralized Kingdom 第2章 5 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

二重送金ダブルスペンド

みらい平の街は木々に覆われていた。

ここ駅前は鬱蒼とした広葉樹の森となっている。もちろん本物じゃない。『ニューロガーデン』が作り出した幻想の森だ。

あのワークショップから十日。出がけにヒナギの言葉をふと思い出し、僕は久しぶりに神経端末をつけて外出していた。

彼女が言っていたことは本当で、『ニューロガーデン』越しに見るみらい平は樹海と化していた。安全のため木々は半透明で表示されているが、出力レベルを上げれば遠目には本物の木と見分けがつかないだろう。脳神経へ直接出力された、ポリゴンに依らないオブジェクトは精細というレベルを越えていて、青い匂いや時折聞こえる鳥の鳴き声と併せてまるで本物の森だった。

しかし神経端末自体の使い勝手は、まだスマホには及ばない。今回コワーキングスペースの決済に使ってみたが少し手間取った。洗練されるにはまだ時間がかかるだろう。実際、街で使っている人もそれほど多くはなかった。

だがこの先主流になるのは間違いない。手も声も使わず操作できるのはやはり革命的だ。僕も量子言語や神経言語を勉強し始めた方がいいかもしれない。

『もしもし? ミナト?』

不意に声が——正確には声の神経データが頭に飛び込んできて、僕は驚いて足を止める。

神経端末越しの視界に、通話者の名前が表示されていた。“佩川日凪はいかわひなぎ”。

どうやら着信からノータイムで通話状態にしてしまったらしい。やっぱりまだ操作に慣れない。

『あれ、聞こえてる?』

「ごめん聞こえてる。なんか急に繋がって」僕は脳波出力の無発声通話で答える。「どうした? ヒナギ」

『ニュースは見た?』

「ニュース? ……ああ」

開口一番で少し戸惑ったが、僕はすぐ思い至る。

「見たよ、例の採掘者マイナーだろ? ネットは盛り上がってるな」

ビットコインマイニングの戦場に突然現れた謎の採掘者マイナーは、あれからますますシェアを伸ばし続け、今や中小マイニングプールに並ぶ計算力となっている。

と、2、3日前にメディアで取り上げられているのを見た。

「まだ特定されてないんだっけ? そろそろどっかの予測市場で賭けが始まりそう……」

『違う』ヒナギの声音は固い。『知らないの?』

「え……なにが?」

『ヨシオちゃん、逮捕されたって』

言葉が出てこない僕に、ヒナギはウェブメディアの記事を送って寄越す。

不正取引承認、茨城県の高校生を詐欺容疑で逮捕。

警視庁サイバー犯罪対策課と茨城県警みらい平署は11日、市内の高校に通う女子生徒(17)を詐欺の疑いで逮捕した。

女子生徒は9日早朝、ビットコインの不正なトランザクションを含むブロックを意図的に承認し、計約28BTC(十億円相当)の二重支払いを発生させたとしている。

女子生徒はミズナシヨシオの名前で活動しており、若手エンジニアとして注目されていた一方で、深層ウェブへのアクセスも頻繁に行っていたと見られる。警視庁は、ビットコイン大量採掘の手口については未だ……。

『あの採掘者マイナー、今はビットコインの7割のブロックを生成してる』

「いやそれよりこのニュース……7割?」

『一昨日から一気にシェアを奪ったんだよ。まるで今まで手加減してたみたいに』

僕は再度の衝撃を受けた。

膨大な数の計算機で超高効率にナンス探索を行う大手マイニングプールの計算力は圧倒的だ。そのシェアに七割も食い込むなど、個人や企業どころか、既存国家や“王国”ですら不可能だと言っていい。物理的にあり得ない。

『それで、ついには二重支払いが起きたんだ』


>>>第2章-6

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