「まさか、不正な取引を承認したのか? なにがしたいんだよその採掘者は」
こんなことが起これば当然ビットコインの価格は暴落する。今頃市況は阿鼻叫喚だろう。
そして暴落するのは、せっかく採掘したビットコインの価値だって同じだ。二重支払いで10億の利益を得たとしても、その何倍もの資産が吹き飛んだはず。
全体の51パーセントの計算力を持てば意図的に不正な取引すら承認できるが、誰もそんなことはしない。普通に採掘する方が儲かるからだ。これが、30年間信頼を保ち続けてきたビットコインのインセンティブ設計だったはずなのに。
「おかしいだろ、いったいどこの誰が……」
『警察は、それがヨシオちゃんだと思ってるみたい』
記事を見直してようやく理解する。そういうことか。いやそんな馬鹿な。
『ね、ミナトは……』
「知らなかったし、あいつがこんなことするとも思えない。ほとんど実名で活動してるし、なんらかの手法を見つけたとしても公開する気がする……たぶん」
『……そうだよね。そもそも個人でこんなこと……』
「ごめん、切る。じゃあまた」
『え、ちょっとミナト……』
なにか言いかけていたヒナギを遮り、神経端末での通話を打ち切る。そして、さっきから震えていたスマホを取り出した。
ディスプレイを広げ相手の名前を確認する。予感はあったが、見事に当たった。
「もしもし」
『通話で失礼。今は1satoshiも惜しくてな』
2ヶ月ぶりの呉槭樹の声は、少し焦っているようにも聞こえた。
『由緒の件だ。これから指定する場所に来て欲しい。事情は到着してから訊いてくれると助かる』
「なん……いや、わかりました」
通話を切ってから思う。僕はなぜ行くと返事したのだろう。
由緒の様子が気になったのか、それとも騒動に参加したいという昔の遊び心が残っていたのか。
なんとなく、どちらも肯定したくなかった。
>>>第2章-7
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