Decentralized Kingdom 第2章 8 /著:小鈴危一 /仮想通貨SF小説

PoWプルーフ・オブ・ワークの規則上、チェーンが分岐した場合短い方が破棄される。あるマイナーが全体の過半数の計算力を持ったとき、その他の全マイナーよりも早くブロックを生成できるため、都合の良いブロックだけを伸ばして正規のチェーンを無効にできる。これがいわゆる51パーセント攻撃だ。

「被害を訴えたのが日本人で、犯人らしきあたしも日本人だったから、日本の警察が動いたってわけ」

「別の通貨に換えたってことは取引所を使ったんだよな。それがお前の口座だったってことか?」

「ううん。分散型取引所DEXだから誰の口座かはわからないよ。あたしが逮捕されたのは、例の採掘者のマイニング報酬アドレスから、あたしのウォレットに送金があったからなの。10BTC分」

10BTCなら、ざっと三億五千万円相当だ。

「最初なんだかわからなかったけど、アドレスを調べてみたらびっくりして。どうしようか迷ってるうちに警察から連絡来たんだよね。事情聴取とか断固拒否してたら逮捕されちゃった。えへへ」

「えへへじゃないよ。なんで応じないんだよ」

「だって応じたら証拠品とか言ってスマホとかまで持ってかれるもん。そんなのぜったい嫌だったから」

「でも結局押収されたんだろ?」

「まあね。えへへ」

僕は呆れて嘆息する。由緒は、明らかに懲りてない顔で言う。

「だけどむしろよかったかな。使われた分散型取引所って、『Binance・DEX』なんだよね。もし逮捕されてなかったらあの王国に目を付けられてたかもしれないから」

世界最大の分散型取引所『Binance・DEX』の母体は、マルタ発の王国『Binance・State』だ。英傑とも呼ばれた王、趙氏の死からその勢いは衰えているものの、一時はイケハヤ経済圏を越える規模の王国で、特にクラッカーに対する冷酷なまでの対処は有名だった。その方針は今も変わらないが、既存国家を立てるところがあり、一度逮捕された犯罪者には手を出さない。それを考えれば確かによかったかもしれない。

「しかしなんで例の採掘者は、お前のウォレットに送金なんてしたんだろう」

「ただの目くらましだと思う。きっと誰でもよかったんだよ、多少名前が通ってるエンジニアなら。だからそのうち次の二重支払いが起こるか、別の誰かにBTCが送られるかして、あたしは無罪放免だろーね」

「うーん……」

「なにかおかしい?」

「いや……たぶんそうなるだろうな、お前が犯人じゃないなら。例のマイナーは未だに掘り続けてるみたいだし、10億程度の二重支払いで終わるとも思えない」

「納得いってないみたいだけど」

僕はもやもやした違和感を言葉にする。

「……やっぱり送金先がお前である理由がない」

「だから、別にあたしじゃなくてもよかったんだって」

「違う。疑いを向けるにしても、もっと適当な人間はいくらでもいたって意味だ」

「適当な人間って?」

「どこか、大きな組織に属している人間だよ」

言葉にすることで疑問が整理されていく。

「こんなこと、普通個人でできるなんて思わない。警察だってどちらかと言えば裏に居る協力者を引っ張り出したくてお前を捕まえたんだろう。だったら、最初からそれらしい組織の重要人物にでも狙いを定めた方がよかったはずだ」

「あー、まあ……」

「BTCを送るだけなんて手口としては雑だし、お前が強情張らなければ逮捕すらされなかっただろう。たぶんうまくいけばラッキーくらいの、適当に打った手な気がする。だから……」

「だから?」

「犯人は個人かもしれない」

由緒が息をのむ気配。僕は続ける。

「一人でやったから、個人では不可能という発想がなかったんだ。重要な仕事じゃなかったから、相手の視点に立って考えるようなことまではしなかった。だからちょっと有名な女子高生エンジニアに送金するなんて軽率な真似をしたんだ。もしかすると……」

そこで僕は言葉を切る。さすがにこれは飛躍しすぎか。

「それだよ藤井さん!」

顔を上げると、由緒はわくわくを隠しきれない顔で身を乗り出していた。

「さらに言えば、犯人は日本人だね。あたしそんなに海外のコミュニティで活動してないし!」

「あ、ああ。かもな……」

「ここから出たらなにから始めたらいいかな。まずはコミュニティで情報収集? 例の採掘者のことみんな調べてるはずだから、どこまで特定できてるか知りたいよね。あとあたし、コインベーステキストにヒントがある気が……」

「待て待て、なんだよいきなり。なに始める気なんだ」

「そんなの決まってるじゃん藤井さん」

由緒が立ち上がって叫ぶ。

「あたしたちで真犯人を捕まえるんだよ!」

「…………はああ?」

僕は二秒ほど放心した後、かろうじて口を開く。

「あたしたちって、僕もか?」

「もちろん」

「な、なんで?」

「さっき言ったじゃん。飽きられる前になにか行動したいよねって」

「……僕を呼んだのって、もしかしてそれ言うためか?」

「他になにがあるの?」

それは、と言いかけたが、特になにも思い浮かばない。代わりに援護を求めるように呉槭樹女史を振り仰ぐ。

「……そうだったんですか?」

「らしいな」と、鷹揚に頷く。「おもしろそうじゃないか」

そんなわけあるか。こんなことに権力使ったのかよ。こころなしか、後ろの婦警さんも呆れているように見えた。

僕はこめかみを押さえる。自然と、言葉が漏れる。

「というか……どうして僕なんだよ」

「え……」

由緒は困惑した様子で言う。

「なんで? ハッカーとソーシャルエンジニアって良い組み合わせじゃん」

「僕よりイケハヤ率の高いソーシャルエンジニアなんていくらでもいるだろ」

「君はずいぶんその指標にこだわるな」

後ろで呉女史が呟いた。僕は振り返って言い返す。

「別にこだわってるつもりはないですが、一応イケハヤ経済圏市民ですからね。おかしいですか?」

「数値は評価の本質じゃない。イケハヤ率がこんなことに使われている現状を、きっと初代は嘆いているだろうな」

「そうだよ藤井さん」

由緒が言う。

「それにあたし、藤井さん以外のソーシャルエンジニアってよく知らないし」

知ってたらどうせそいつを選んだだろ。

そんな台詞を噛み殺し、代わりの言葉を吐き出す。

「そもそも……本当に個人が犯人なわけないだろ」

「え?」

「あんな推理ごっこ真に受けるなよ。ビットコインのハッシュパワーの七割を占めるなんて、個人にできるわけがない。普通に組織犯罪だよこれは。僕たちでどうこうできる相手じゃない」

「そんなこと言ったら、組織にだって無理だよ!」

由緒が言い返してくる。

「ハッシュパワーの七割を占めるって、既存のマイナー全員分を合わせた量の、倍以上の計算資源をいきなり投下したってことだよ? 世界中のASICとグラボをかき集めたってできないよそんなこと! ぜったいなにかトリックがあるんだよ」

「……」

反論できず、僕は沈黙する。


>>>第2章-9

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